>でも逆に、「スペシャリスト」だからこそ、相手一人にのみ評価されるより、もっと社会的に多くの人に評価されたいと思うということもあります。そういう意味では、女性の社会進出は当然の結果であるとも言えるし、女性にとって「家庭」(特に核家族)という状態が「檻」に見えて しまうのも無理がないのかもしれませんね(吉岡さん)
おそらく家庭(結婚制度)は、そもそも男の都合で、男が作ったものなのでしょう。だとすれば女性にとって家庭が「檻」に見えたり、結婚や夫婦関係に未練がましい男が多いのも腑に落ちます。
(離婚話を切り出すのも女性からのほうが多かったんじゃないかと思います)
女性には、性において男の期待に応える喜び(女としてみてくれることに対する充足)と仕事等をつうじて役に立つ喜び(自分の存在が意義あるものとして実感できる充足)の二つの可能性があると思います。
現代の社会通念に照らせば、性の充足可能性は一人の男(たいていは旦那さん)に対してのみひらかれており、仕事の充足可能性は広く一般の同僚や社会の人間関係に開かれている。ということになります。でもそれが、本当に女性が望んでいる充足関係なのか疑問に思うときもあります。
本当は、女としてみてくれるのならば、より多くの男にそう見られたほうがうれしいんじゃないのでしょうか。だから、すでに枯れた関係(中には例外もあると思いますが)の家庭には見切りをつけ、女として、人としてより充足可能性を感じる社会へと向かっていっているのではないかと感じるのです。
でもなぜか一人の男だけに(最初は?)向かいます。本当は多くの男に(性的魅力もふくめて)女として認められたいのに、男のよこしまな期待「俺だけの女になってほしい」に応えようと、「私もあなただけよ」と倒錯した性応望にはまってしまっている可能性はないでしょうか。
そのうえ「私もあなただけよ」と応望したのに、旦那から「もう女としては見られなくなった」などといわれた日にゃ、詐欺にあったようなものです。
としたら、潜在的にでもそれに気付いた女性達が今、非婚・脱家庭の方向で動き始めているのかもしれません。
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